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「S.S.T.」とは「'''Sega Sound Team'''」の略であり、アルバム『SUPER SONIC TEAM』からは「'''Super Sonic Team'''」の略も兼ねている。 |
「S.S.T.」とは「'''Sega Sound Team'''」の略であり、アルバム『SUPER SONIC TEAM』からは「'''Super Sonic Team'''」の略も兼ねている。 |
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本項では、2011年に |
本項では、2011年に名前を改め再結成した「'''Blind Spot'''」についても記す。 |
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== メンバー == |
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その後もライブ活動を重ねるが、[[1990年]]に本来[[プログラマ]]であった小森が多忙のため脱退<ref name="gacore1" />。後任に斉藤が加入し、アルバム『HYPER DRIVE -G.S.M.SEGA 4-』にてデビュー。バンドは同年開催の[[ゲームミュージックフェスティバル]]'90で、[[ZUNTATA]]とともにステージを踏んだ。 |
その後もライブ活動を重ねるが、[[1990年]]に本来[[プログラマ]]であった小森が多忙のため脱退<ref name="gacore1" />。後任に斉藤が加入し、アルバム『HYPER DRIVE -G.S.M.SEGA 4-』にてデビュー。バンドは同年開催の[[ゲームミュージックフェスティバル]]'90で、[[ZUNTATA]]とともにステージを踏んだ。 |
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翌[[1991年]]、光吉がHiroと入れ替わりキーボードを担当。さらに田辺が[[気胸]]を発症し、代役として熊丸がドラムを担当、のち正式メンバーとなる<ref name="gacore1" />。[[1992年]]発売の完全オリジナルアルバム『BLIND SPOT』からは、全員がサングラスを外し、本名を名乗る。 |
翌[[1991年]]、光吉がHiroと入れ替わりキーボードを担当(Hiro自身は「遅刻が多かったため交代させられた」と述懐<ref>{{twitter status2|Hiro_H10th|1048779013806682112|2018年10月7日12:36}}</ref>)。さらに田辺が[[気胸]]を発症し、代役として熊丸がドラムを担当、のち正式メンバーとなる<ref name="gacore1" />。[[1992年]]発売の完全オリジナルアルバム『BLIND SPOT』からは、全員がサングラスを外し、本名を名乗る。 |
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しかし、セガの所属レコード会社が[[EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI]]に移ることとなり、サイトロン・レーベルから離脱するにあたり、[[1993年]]の「ゲームミュージックライブ 電撃'93」でのライブを最後に解散した<ref name="gacore2">{{wayback|url=http://www.ga-core.net/special/sp008_3_2.php |date=20090911090723 |title= Game Music Core 松前公高スペシャルインタビュー |accessdate=2016-06-07}}</ref>。 |
しかし、セガの所属レコード会社が[[EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI]]に移ることとなり、サイトロン・レーベルから離脱するにあたり、[[1993年]]の「ゲームミュージックライブ 電撃'93」でのライブを最後に解散した<ref name="gacore2">{{wayback|url=http://www.ga-core.net/special/sp008_3_2.php |date=20090911090723 |title= Game Music Core 松前公高スペシャルインタビュー |accessdate=2016-06-07}}</ref>。 |
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[[2017年]]4月29日の東京公演をもって、松前がライブへの参加を終了<ref>{{Facebook post|松前 公高|10212466577280693|4=1}}</ref>。 |
[[2017年]]4月29日の東京公演をもって、松前がライブへの参加を終了<ref>{{Facebook post|松前 公高|10212466577280693|4=1}}</ref>。 |
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[[2018年]]2月12 - 17日、S.S.T.BANDから数えて30周年を記念した[[東名阪]]ツアー「Sanju Shunen Tour」を開催。大阪および名古屋公演では松前がゲスト出演、東京公演では初代ベースの小森、初代ドラムの田辺、2013年に脱退した飯島がゲスト出演した。 |
[[2018年]]2月12 - 17日、S.S.T.BANDから数えて30周年を記念した[[東名阪]]ツアー「Sanju Shunen Tour」を開催。大阪および名古屋公演では松前がゲスト出演、東京公演では初代ベースの小森、初代ドラムの田辺、2013年に脱退した飯島がゲスト出演した。また同年12月には、30周年を記念した[[ボックス・セット|CD&DVD-BOX]]『S.S.T.BAND -30th Anniversary Box-』がリリースされた。 |
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== 作品 == |
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*:内容はライブ開始時のSE3曲、新アレンジ2曲、およびアルバム『BLIND SPOT』のデモ音源より2曲<ref name="fromula3" />。 |
*:内容はライブ開始時のSE3曲、新アレンジ2曲、およびアルバム『BLIND SPOT』のデモ音源より2曲<ref name="fromula3" />。 |
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*:同年7月13日よりインターネット配信開始。配信版のみリミックス1曲、[[カラオケ]]2曲を追加収録<ref>{{Twitter status2|k_namickey|884966816581165058|2017年7月11日}}</ref>。 |
*:同年7月13日よりインターネット配信開始。配信版のみリミックス1曲、[[カラオケ]]2曲を追加収録<ref>{{Twitter status2|k_namickey|884966816581165058|2017年7月11日}}</ref>。 |
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*『S.S.T.BAND -30th Anniversary Box-』2018年12月15日([[ウェーブマスター]]) |
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*:結成30周年記念CD&DVD-BOX。過去に公式発表した全楽曲([[スタジオ・アルバム]]、[[ライブ・アルバム]]、ノベルティカセットテープ含む)をリマスタリングしCD5枚に収録。また過去のライブ映像を中心とした映像をDVD1枚に収録。 |
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==備考== |
==備考== |
2018年12月17日 (月) 08:18時点における版
S.S.T.BAND | |
---|---|
出身地 | 日本 |
ジャンル |
ゲームミュージック フュージョン |
活動期間 |
1988年 - 1993年 2011年 - |
レーベル |
サイトロン・レーベル キングレコード ウェーブマスター |
メンバー |
並木晃一(ギター) 松前公高(シンセサイザー&プログラミング) 斉藤昌人(ベース) 熊丸久徳(ドラム) 森藤晶司(キーボード) |
旧メンバー |
川口博史(キーボード) 小森伸吾(ベース) 田辺健彦(ドラム) 塚原啓介(キーボード) 光吉猛修(キーボード) 飯島丈治(ギター) |
S.S.T.BAND(エスエスティーバンド)とは、セガ(後のセガゲームス並びに後のセガ・インタラクティブ)のゲームミュージックをアレンジし演奏することを目的として1988年に結成された、世界初のゲームミュージック“ライブ”バンドである。
「S.S.T.」とは「Sega Sound Team」の略であり、アルバム『SUPER SONIC TEAM』からは「Super Sonic Team」の略も兼ねている。
本項では、2011年に名前を改め再結成した「Blind Spot」についても記す。
メンバー
☆印は1993年の解散時のメンバー。名前の後ろはコードネーム。なお、オリジナルアルバム『BLIND SPOT』以降は本名を名乗るようになる。
現メンバー
- ☆並木晃一 - Mickey(ギター)
- ☆松前公高 - Harrier(シンセサイザー&プログラミング)
- ☆斉藤昌人 - Turbo君(ベース)
- ☆熊丸久徳 - Splash(ドラム)
- 森藤晶司 - Rally(キーボード)
旧メンバー
- 宮内博史 - Hiro(キーボード)
- 小森伸吾 - Burner(ベース)
- 田辺健彦 - Thunder(ドラム)
- 塚原啓介 - 獣王(キーボード)
- 1989年11月のMZA有明公演のみ参加
- ☆光吉猛修 - R三郎丸(キーボード)
- ☆飯島丈治 - Galaxy(ギター)
タイムライン
来歴
1987年7月に稼働開始したセガ(後のセガ・インタラクティブ)のアーケードゲーム『アフターバーナー』に関連し、同年12月にサンシャインシティでイベント「アフターバーナーパニック」を開催。そのイベントにて、セガのサウンド開発者によるバンドがライブを行い、これが同バンドの前身となる[1]。
S.S.T.BAND
1988年発売のアルバム『GALAXY FORCE -G.S.M.SEGA 1-』にてデビュー。ただしこの時は松前と並木の2人のみ[2]で、その2人も名は前面に出していなかった。翌1989年、セガがイベント「メガドライブ スパークリング1989」を開催、そのステージでバンドとしてデビューを果たす。飯島・小森・田辺は松前が声をかけ、それにセガ社員のHiroと並木が加わる編成となった[2]。
その後もライブ活動を重ねるが、1990年に本来プログラマであった小森が多忙のため脱退[2]。後任に斉藤が加入し、アルバム『HYPER DRIVE -G.S.M.SEGA 4-』にてデビュー。バンドは同年開催のゲームミュージックフェスティバル'90で、ZUNTATAとともにステージを踏んだ。
翌1991年、光吉がHiroと入れ替わりキーボードを担当(Hiro自身は「遅刻が多かったため交代させられた」と述懐[3])。さらに田辺が気胸を発症し、代役として熊丸がドラムを担当、のち正式メンバーとなる[2]。1992年発売の完全オリジナルアルバム『BLIND SPOT』からは、全員がサングラスを外し、本名を名乗る。
しかし、セガの所属レコード会社が東芝EMIに移ることとなり、サイトロン・レーベルから離脱するにあたり、1993年の「ゲームミュージックライブ 電撃'93」でのライブを最後に解散した[4]。
その後セガは、1993年に並木と光吉によるユニット「B-univ」を結成するも、翌年活動停止。2001年には、Hiroや光吉らによるオフィシャルサウンドユニット「H.」を結成している。また2003年にベストアルバムが発売され、10年ぶりにメンバーが集結して座談会を行う(光吉は不参加)。本来は再結成ライブも視野に入っていたが、このとき再結成は実現しなかった[2]。
Blind Spot
2011年、並木の呼びかけで、光吉を除く解散時オリジナルメンバーに加え、キーボードの森藤晶司(コードネーム「Rally」)を新たに迎えた“ほぼS.S.T.BAND”こと「Blind Spot」として再結成。同年8月27日にライブを行った(飛び入りゲストで田辺も参加)。
以降も活動を続けており、2013年7月24日には21年ぶりとなる新譜もリリースした。
2013年10月、飯島が脱退。一時はギター新メンバー募集が告知され、実際にオーディションも行われたが、その後も新メンバーは加入していない。
2017年4月29日の東京公演をもって、松前がライブへの参加を終了[5]。
2018年2月12 - 17日、S.S.T.BANDから数えて30周年を記念した東名阪ツアー「Sanju Shunen Tour」を開催。大阪および名古屋公演では松前がゲスト出演、東京公演では初代ベースの小森、初代ドラムの田辺、2013年に脱退した飯島がゲスト出演した。また同年12月には、30周年を記念したCD&DVD-BOX『S.S.T.BAND -30th Anniversary Box-』がリリースされた。
作品
シングル
どちらもアルバム『BLIND SPOT』からのシングルカット。
- 『I CAN SURVIVE』1992年10月21日(ポニーキャニオン)
- F-1 リカルド・パトレーゼのテーマ
- 『TACHYON』1992年10月21日(ポニーキャニオン)
- F-1 ゲルハルト・ベルガーのテーマ
オリジナルアルバム
- 『GALAXY FORCE -G.S.M.SEGA 1-』1988年7月21日(ポニーキャニオン)
- 『POWER DRIFT & MEGA DRIVE -G.S.M.SEGA 2-』1988年12月28日(ポニーキャニオン)
- 『SUPER SONIC TEAM -G.S.M.SEGA 3-』1989年10月21日(ポニーキャニオン)
- 『AFTER BURNER』1990年6月21日(ポニーキャニオン)
- 『HYPER DRIVE -G.S.M.SEGA 4-』1990年7月21日(ポニーキャニオン)
- 『Formula -G.S.M.SEGA 5-』1991年4月21日(ポニーキャニオン)
- 『STRIKE FIGHTER』1991年8月21日(ポニーキャニオン)
- 『Out Run』1992年2月21日(ポニーキャニオン)
- 『BLIND SPOT』1992年4月29日(ポニーキャニオン)
- ゲームミュージックを含まないオリジナル楽曲のみのアルバム。
- 『SEGA RALLY CHAMPIONSHIP 1995 -New Century Arrange Album-』2013年7月24日(キングレコード)
- 『Blind Spot II』2018年2月12日(自主制作)
ベストアルバム
- 『MEGA SELECTION』1989年12月15日(ポニーキャニオン)
- 『MEGA SELECTION II』1991年12月15日(ポニーキャニオン)
- 『BACK IN THE S.S.T.BAND!! 〜THE VERY BEST〜』2003年11月19日(サイトロン・デジタルコンテンツ)
ライブアルバム
- 『S.S.T.BAND LIVE!』 1990年10月31日(ポニーキャニオン)
その他アルバム
- 『GAME MUSIC FESTIVAL 〜SUPER LIVE '92』1992年10月21日(ポニーキャニオン)
- 「ゲームミュージックフェスティバル'92」より「S.D.I. MEDLEY (Blue Moon〜System Down)」「HYPER CITY」「I CAN SURVIVE」を収録。
ビデオ・DVD
- 『S.S.T.BAND LIVE』1990年11月21日(ポニーキャニオン)
- 『GAME MUSIC FESTIVAL '90 ZUNTATA VS. S.S.T.BAND』1990年11月21日(ポニーキャニオン)
- 『S.S.T.BAND LIVE HISTORY』2006年9月20日(ハピネット)
- 『BLIND SPOT LIVE!』2013年2月27日(アトス・インターナショナル)
その他
- 『From Ula』1991年4月24日(自主制作)[4]
- 『ゲームミュージックライブ夏'93 〜公認海賊版カセット〜』1993年(ポニーキャニオン)
- サイトロンのノベルティで作られたカセットテープ(非売品)。「ゲームミュージックライブ 電撃 '93」より「EARTH FRAME G」「SWORD OF VERMILION」「AFTER BURNER」を収録。
- 『From Ula 2』2017年2月24日(自主制作)
- 『From Ula 3』2017年4月29日(自主制作)
- 『S.S.T.BAND -30th Anniversary Box-』2018年12月15日(ウェーブマスター)
備考
- 「アフターバーナーパニック」では林克洋もキーボードで参加していたが、S.S.T.BANDには参加していない[1]。
- ステージデビュー当初は全員サングラスをかけ、コードネームを名乗っていた。これは先に出来ていたアーティストのイメージ写真に合わせる必要があったためだが、他社からの引き抜き防止策の意味もあった[2]。
- ギターとキーボードが2人ずついるのは、セガ社員である並木(ギター)とHiro(キーボード)が仕事の都合でライブに出られなかったとしても、演奏ができるようにとの配慮から。しかし、活動期は最後まで6人が欠けることなくステージに立ち続けた[2]。
- 1990年のアルバム『AFTER BURNER』は、小森の脱退後・斉藤の加入前にレコーディングされており、ベースはJaco渡辺なる人物が担当している。S.S.T.BANDと関わったのはこの一作のみで、ライブには参加しておらずコードネームもない[4]。
- 光吉はセガの入社試験を受けた際、面接で「S.S.T.BANDをやりたい」と発言。後にそれが現実のものとなった[2]。また、Blind Spotより加入した森藤もS.S.T.BANDおよびセガの熱烈なファンである。
出典
- ^ a b アルバム『MEGA SELECTION II』ライナーノーツ「The Lineage of S.S.T.BAND」より
- ^ a b c d e f g h Game Music Core 松前公高スペシャルインタビュー - ウェイバックマシン(2009年9月11日アーカイブ分)
- ^ Hiro_H10thの2018年10月7日12:36のツイート- X(旧Twitter)
- ^ a b c Game Music Core 松前公高スペシャルインタビュー - ウェイバックマシン(2009年9月11日アーカイブ分)
- ^ 松前 公高の投稿(10212466577280693) - Facebook
- ^ k_namickeyの2017年7月2日のツイート- X(旧Twitter)
- ^ Blindspot_INFOの2017年2月16日のツイート- X(旧Twitter)
- ^ Blindspot_INFOの2017年2月24日のツイート- X(旧Twitter)
- ^ Blind Spot (ほぼS.S.T.Band) - Facebook
- ^ k_namickeyの2017年7月2日のツイート- X(旧Twitter)
- ^ a b syozmoryの2017年4月17日のツイート- X(旧Twitter)
- ^ k_namickeyの2017年7月11日のツイート- X(旧Twitter)
関連項目
- 野呂一生 - フュージョンバンド「カシオペア」のギタリスト兼リーダー。『HYPER DRIVE』『Formula』のアレンジに参加
- B-univ - S.S.T.BAND解散後にデビューした、並木と光吉のユニット
- ZUNTATA - タイトーのサウンドチームの総称
- コナミ矩形波倶楽部 - コナミのサウンドチームの総称
- GAMADELIC - データイーストのサウンドチームおよびバンド
- ALPH LYLA(旧名はアルフ・ライラ・ワ・ライラ) - カプコンの楽曲を演奏するガールズバンド
- J.D.K.BAND - 日本ファルコムの楽曲を演奏するバンド
- SNK新世界楽曲雑技団 - SNKのサウンドチームおよびバンド
- サイトロン・レーベル - S.S.T.BANDのCDを発売していたレコードレーベル
外部リンク
- BlindSpot(ほぼsstband) (@Blindspot_INFO) - X(旧Twitter)
- Blind Spot(ほぼS.S.T.Band) (BlindSpot.Nearly.SSTBand) - Facebook