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[[化学肥料]]が自由に使われるようになるまでは、[[緑肥]](りょくひ = 草肥:くさごえ)および[[ウシ|牛]]の飼料とするため、8-9月頃、稲刈り前の[[水田]]の水を抜いて種を蒔き翌春に花を咲かせていた。これは'''ゲンゲ畑'''と呼ばれ「春の風物詩」であった。化学肥料は、20世紀に入ると生産が本格化したが、原材料が[[軍事物資]]という側面があり農業分野で大量に使用することがはばかられていた。このためゲンゲを水田や畑に[[緑肥]]として栽培することで化学肥料の使用を抑える手法が取られていた。戦後は、化学肥料の大量生産や使用が自由になったこと、また、保温折衷[[苗代]]の普及によりイネの早植えが可能になり、緑肥の生産スケジュールと被るようになったことも<ref>大山の歴史編集委員会編『大山の歴史』大山町,1990年刊,p.525</ref>、ゲンゲ畑が急速に姿を消す原因の一つとなった。 |
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[[窒素固定]]は、植物が[[大気]]中の[[窒素]]を取り込んで[[窒素肥料]]のようなかたちで蓄えることによる。ゲンゲは、根に球形の根粒がつく。ゲンゲの窒素固定力は強大で10 cmの生育でおおよそ10 [[アール (単位)|アール]] 1 [[トン|t]] の生草重、4-5 [[キログラム|kg]] の窒素を供給し得る。普通15ないし20 cmに成長するからもっと多くなるはずである。 |
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2019年9月26日 (木) 09:41時点における版
ゲンゲ | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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ゲンゲ
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分類(APG III) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
Astragalus sinicus L. | |||||||||||||||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
ゲンゲ | |||||||||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
Chinese milk vetch |
ゲンゲ(紫雲英、翹揺 Astragalus sinicus)はマメ科ゲンゲ属に分類される越年草である。中国原産。レンゲソウ(蓮華草)、レンゲとも呼ぶ。
特徴
湿ったところに生える。全体に柔らかな草である。茎の高さ10-25 cm。根本で枝分かれし、暖かい地方では水平方向に匍匐して60-150 cmまで伸びる場合もある。茎の先端は上を向く。また、根本から一回り細い匍匐茎を伸ばすこともある。葉は1回羽状複葉、小葉は円形に近い楕円形、先端は丸いか、少しくぼむ。1枚の葉では基部から先端まで小葉の大きさがあまり変わらない。花茎は葉腋から出てまっすぐに立ち、葉より突き出して花をつける。花は先端に輪生状にひとまとまりにつく。花色は紅紫色だが、まれに白色(クリーム色)の株もある。
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薄紫色のゲンゲ
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全植物体
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豆果(豆の莢、果実)
利用・文化
ゲンゲの花は、良い「みつ源」になる。蜂蜜の源となる蜜源植物として利用されている。ギリシア神話では、祭壇に捧げる花を摘みに野に出た仲良し姉妹の話が知られている。ニンフが変身した蓮華草を誤って摘んでしまった姉のドリュオペが、代わりに蓮華草に変わってしまう。「花はみな女神が姿を変えたもの。もう花は摘まないで」、と言い残したという。
日本における利用・文化
春の季語。ゆでた若芽は食用にもなる(おひたし、汁の実、油いため他)。民間薬として利用されることがある(利尿や解熱など)。ゲンゲの花を歌ったわらべ歌もある。「春の小川」などが知られている。「手に取るな やはり野に置け 蓮華草」は、江戸時代に滝野瓢水が詠んだ俳句。遊女を身請しようとした友人を止めるために詠んだ句で、蓮華(遊女)は野に咲いている(自分のものではない)から美しいので、自分のものにしてはその美しさは失われてしまうという意味。転じて、ある人物を表舞台に立つべきではなかったと評する意味合いでも使われる(荒舩清十郎の項目を参照)。
乳牛を飼っているところでは、飼料とした。休耕田の雑草防止策にもなった。ゲンゲの生える中に不耕起直播して乾田期除草剤を使わないですむ方法、ゲンゲの枯れぬうちに入水、強力な有機酸を出させて雑草を枯死させる方法がある。ただしゲンゲは湿害に弱く、不耕起では連作障害が起きかねない。21世紀に入ってからは、外来種のアルファルファタコゾウムシによる被害がめだつ。
ゲンゲ畑
化学肥料が自由に使われるようになるまでは、緑肥(りょくひ = 草肥:くさごえ)および牛の飼料とするため、8-9月頃、稲刈り前の水田の水を抜いて種を蒔き翌春に花を咲かせていた。これはゲンゲ畑と呼ばれ「春の風物詩」であった。化学肥料は、20世紀に入ると生産が本格化したが、原材料が軍事物資という側面があり農業分野で大量に使用することがはばかられていた。このためゲンゲを水田や畑に緑肥として栽培することで化学肥料の使用を抑える手法が取られていた。戦後は、化学肥料の大量生産や使用が自由になったこと、また、保温折衷苗代の普及によりイネの早植えが可能になり、緑肥の生産スケジュールと被るようになったことも[1]、ゲンゲ畑が急速に姿を消す原因の一つとなった。
窒素固定は、植物が大気中の窒素を取り込んで窒素肥料のようなかたちで蓄えることによる。ゲンゲは、根に球形の根粒がつく。ゲンゲの窒素固定力は強大で10 cmの生育でおおよそ10 アール 1 t の生草重、4-5 kg の窒素を供給し得る。普通15ないし20 cmに成長するからもっと多くなるはずである。
地方公共団体の花に指定している自治体
出典
- ^ 大山の歴史編集委員会編『大山の歴史』大山町,1990年刊,p.525