MD 500
MD 500は、アメリカのMDヘリコプターズが製造する軽量多目的ヘリコプターである。アメリカ陸軍向けにヒューズ・ヘリコプターズが開発したOH-6Aの民間仕様機を起源として順次に改良を重ね、官民で広く用いられている。なお、製品名としては500シリーズの番号を付与されている一方、型式証明では369シリーズの番号を付与されている[1]。
来歴[編集]
1950年代、アメリカ陸軍は回転翼機の運用を通じて、その汎用性に着目していた[2]。「空中騎兵」というコンセプトの一環として、ロジャース将軍を委員長とする陸軍航空機要件検討委員会(Army Aircraft Requirements Review Board)では新しい軽ヘリコプターの必要性についても検討しており[2]、1960年に国防総省が発出した技術仕様書153では、計画名は「軽観測ヘリコプター」(Light Observation Helicopter, LOH)としつつ、観測機としての観測や写真偵察に留まらず、人員や貨物の輸送、軽地上攻撃、負傷者後送など様々な任務が盛り込まれた[3]。
1961年初頭、12社(ベル、ボーイング、セスナ、ジャイロダイン、ヒラー、ヒューズ、カイザー、カマン、ロッキード、マクドネル、リパブリック、シコルスキー)から17の提案が提出された[2]。まずベル社の案(モデルD-250; 後のモデル206)とヒラー社の案(モデル1100)の2案が採択されたが、まもなくヒューズ社の案(モデル369)も採択されることになり[2]、ベル社の案はYHO-4(後のOH-4A)、ヒラー社の案はYHO-5(後のOH-5A)[4]、そしてヒューズ社の案はYHO-6(後のOH-6A)の番号を与えられて飛行試験に供されることになった[5]。1961年5月19日、ヒューズ社と米陸軍との間でプロトタイプ5機の開発・製造の契約が締結されて、最初の機体であるN9696Fは1963年2月27日に初飛行し[3][5]、1964年6月30日には連邦航空局(FAA)から民間認証(型式証明H3WE)を取得した[2]。
1964年秋には、ヒラーOH-5AとヒューズOH-6Aの両方が要求性能を満たすと判断されており、後はコストの問題となった[2]。最初の714機の発注に対して、フェアチャイルド・ヒラー社はOH-5A 1機あたり29,415米ドルの価格を設定したのに対し、ヒューズ社はOH-6A 1機あたりわずか19,860米ドルの価格を提示した[2]。これはヒューズ社の資金力を生かした産業スパイ活動なども踏まえて設定された価格であり、最初の714機の発注だけでは赤字となるが、生産が3,600-4,000機にまで増加すれば、追加発注分でもとが取れるという判断だったといわれる[2]。フェアチャイルド・ヒラー社はこの価格差を覆すことができず、1965年5月26日、ヒューズ社に対してOH-6A 714機が発注された[2][5]。また同年4月21日には、OH-6Aの民間仕様機をモデル 500として市場に投入することも発表された[5]
設計[編集]
ヒューズ/MD 500[編集]
OH-6最初の飛行の前に、ヒューズ社は民間向けの機体を開発していると発表を行い、そしてヒューズ500(基本的に5席と7席の構成を選択し利用できる)として市場に出した。また、より強力なエンジンによる実用の機体は500Uと呼ばれ、後に500Cとして市場に提供された。
より強力なエンジン、T型の尾翼と新しい5枚のメインローターブレードで改良されたヒューズ500Dは、1976年の主要な機種となり、4枚のテールローターブレードは選択装備であった。1982年からは、機首部分を鋭利な形状として下方視界の向上、操縦室の面積拡大などが図られた500Eへと生産が移行した。530Fは500Eをさらに改良した高出力仕様で、より高負荷での飛行を可能とした仕様である。
マクダネル・ダグラスは、1984年1月にヒューズ・ヘリコプターズを買収し、1985年8月から従来のヒューズ500Eを MD 500Eとして、そして、530FはMD 530Fとして製造を継続することになる。 1997年のボーイング/マクダネル・ダグラス合併により、1999年前半に民間向けのヘリコプター製造はMDヘリコプターズが継続する事になる。また、乗客6名を乗せられるようにしたストレッチモデルとしてMD 600も開発された。
軍用はディフェンダー(Defender)と呼ばれ、BGM-71 TOW対戦車ミサイルを運用できる500/TOWは、イスラエル国防軍などで対戦車攻撃に使用された。
台湾海軍では、保有するギアリング級駆逐艦やノックス級フリゲートのヘリ格納庫にS-70が収まらず、SH-2の台湾への輸出をアメリカ議会が認めなかったため、ヒューズ500に捜索レーダーやMAD、Mk46魚雷を搭載した500/ASWを艦載対潜ヘリコプターとして用いている。
MD 520N[編集]
MD520Nは、ヒューズ/マクダネル・ダグラスが開発した、ヘリコプター設計上の革命である従来のテールローターが不要な方式であるノーターを装備したヘリコプターである。
マクダネル・ダグラスは当初、520N(従来のMD500Eに基づき1989年1月に開始されていた)より強力でな高性能に改良された標準的なMD530Nを開発する予定であった。MD530Nの初飛行は1989年12月29日で、520Nの初飛行が1990年5月1日であったが、マクダネルダグラスはMD520Nが大部分の顧客が必要な要求を満たすと判断し、MD 530Nの開発は中止された。520Nは1991年9月13日FAA(連邦航空局)の型式証明を取得し、最初機体がその年の12月31日工場より初出荷された。
MDヘリコプターズは2000年に、改良されたRR 250-C20R+エンジンを搭載し、デュフューザとファンを強化し、外気温が高い場合にも3-5%性能が向上した520Nを発表した。
ノーターは従来のテールローターに比べ騒音が低いため、警察などの法執行機関にも人気がある。
バージョン[編集]
FAAに登録されている型式名 | 製造元としての製品名 |
---|---|
369H | 500C |
369HE | |
369HS | |
369D | 500D |
369E | 500E |
369F | 530F |
369FF | 530Fプラス |
500N | 520N |
600N | |
MD900 | MD エクスプローラー |
民生用[編集]
- 500
- 民生事業用向け仕様 369/OH-6A。エンジンはアリソン 250C-18B。出力317shp(236kW)。
- 500C
- 民生事業用向けの性能向上型。エンジンはアリソン 250C-C20。出力400shp(298kW)。
- 500D
- 1976年の新しい民生事業用向け仕様。エンジンはアリソン 250-C20B。出力420shp(313kW)。
- 500E
- 機首形状を変更した最新の仕様。
- NH-500E
- イタリアで製作された500E。
- 520N
- 500Eにノーターを装備した機種。
- 530F
- 500Eの上位機種。エンジンは出力650shp(485kW)のアリソン 250-C30Bで、高温・高地性能が向上している。
軍用[編集]
- 500M
- 500あるいは500Cを元にした軍用型。
- 500MD
- 500Dを元にした軍用型。
- 500MD TOW
- TOWミサイルを運用可能な対戦車ヘリコプター型。
- 500MD ASW
- ディフェンダーにソナーなどを搭載した対潜ヘリコプター型。機体下に短魚雷1基を搭載可能。
- 台湾海軍、スペイン海軍が採用。
- 500MG
- 500Eを元にした軍用型。
- 520MG
- フィリピン空軍向け。
- 530MG
- 530Fを元にした軍用型。準軍事組織向けのパラミリタリー・ディフェンダーも存在。
- 540F
- 530Fを元に、より高出力のエンジンを装備し最大離陸重量を増加、メインローターもMD 600で使用されている6枚ブレードになった。OH-58Dの後継機トライアル武装空中偵察機計画にも提案されていたが、より大型のMD 600をベースにする機種に計画が移行し2017年に開発中止[6]。使用された技術は530Gに活かされている。
- 530G
- 530Fを元にした最新型。近代的なグラスコックピットやFLIR、スコーピオンHMCS、内部に燃料タンクを備える兵装ステーションER2W(Extended Range Weapons Wing)を採用。2019年にはエルビット・システムズと提携してアビオニクスをアップグレードしたブロックIIが発表された。
運用国[編集]
- アルゼンチン
- アルゼンチン空軍
- ベルギー
- ベルギー連邦警察[7]
- チリ
- チリ陸軍
- コスタリカ
- コスタリカ空軍
- フィンランド
- フィンランド陸軍 - 12機のうち8機が運用中。
- クロアチア
- 4機全てが退役。
- エルサルバドル
- 5機。
- 北朝鮮
- 1985年、第三者であるダミー商社を用い、西ドイツ経由でアメリカから密輸入した。2013年に行われた朝鮮人民軍のパレードにて、その時のものと見られる機体がAT-3にて武装した状態で参列した映像が報じられた[8]。これらの機体は実戦にて韓国軍が運用している同型機そっくりの塗装を施し、韓国領へ乗り込むために保有していると見られる。アメリカからの部品調達は困難であり部品取りをしながら限定数を運用していると見られる。なお、朝鮮人民軍のアメリカ製の航空機は同機以外では(鹵獲などイレギュラーを除いて)存在しない。
- ハンガリー
- ハンガリー警察
- アイスランド
- アイスランド沿岸警備隊
- イラン[要出典]
- イスラエル
- イスラエル空軍第160飛行隊、第161飛行隊、第190飛行隊で運用。
- 日本
- 海上自衛隊 - 5機の500EをOH-6DAの名称で練習機として運用中していたが、2016年3月、TH-135に移行したため全機用途廃止(退役)[9]。計器飛行証明を取るために徳島で双発機の訓練を別途行う必要があったが、鹿屋で一貫教育するために機種変更して用途廃止となった。
- 陸上自衛隊 - 川崎重工業がライセンス生産を行ったOH-6D(民用MD369D=MD500D)を、観測機及び練習機として100機以上運用していた。練習機用の後継機として、機種選定がエンストロム 480、MD 500E、シュワイザー333Mとの総合評価落札方式で行われ、2010年2月10日にエンストロム 480が「TH-480B」として選定され30機導入された[10]。
- 民間 - 形式名称はヒューズ 369として登録されている。かつてはエースヘリコプターなどが多数購入し主に薬剤散布に使用していた。現在では中日本航空が3機を運用しているのみ。
- 韓国
- 大韓航空によってライセンス生産された500 TOWを運用。ボーイングの協力により無人機化する「KUS-VH」の研究も行われている[11]。
- 中華民国
- 中華民国海軍
- ケニア
- 500 TOWを運用。
- 米国務省は、2017年5月1日に12機のMD 530Fのケニアへの売却を承認する決定を下した。推定費用は253百万ドル[12][13]。
- レバノン
- 2018年にMD 530Gの採用決定を発表[14]。
- マレーシア
- 2016年にMD 530Gの採用決定を発表。同年末から納入を開始する予定であった[15]が、2019年6月現在も未だ納入されていない[16]。
- メキシコ
- メキシコ空軍
- パナマ
- フィリピン
- スペイン
- スペイン海軍
- アメリカ合衆国
性能・主要諸元[編集]
モデル 500C[編集]
- 乗員:1-2名
- 席数:全5席
- 全長:30ft 10in(9.4m)
- 主回転翼直径:26ft 4in(8.03m)
- 全高:8ft 2in(2.48m)
- 空虚重量:1,088lb(493kg)
- 最大離陸重量:2,250lb(1.157t)
- 発動機:アリソン250-C20 ターボシャフトエンジン1基 出力 278hp(207kW)
- 超過禁止速度:152knots=M0.23(175mph, 282km/h)
- 巡航速度:125kn=M0.19(144mph, 232km/h)
- 航続距離:335NM(605km)
- 実用上昇限度:16,000ft(4,875m)
- 上昇率:1,700ft/min(8.6m/s)
MD 520N[編集]
- 乗員:1-2名
- 席数:全5席
- 全長:33ft 2in(9.78m)
- 主回転翼直径:27ft 4in(8.33m)
- 全高:9ft 0in(2.74m)
- 円盤面積:586.8ft²(54.5m²)
- 空虚重量:1,636lb(742kg)
- 最大離陸重量:3,350lb(1.52t)
- 発動機:アリソン250-C20R ターボシャフトエンジン1基 出力 375hp(280kW)
- 超過禁止速度:152knots=M0.23(175mph, 282km/h)
- 巡航速度:135kn=M0.20(155mph, 250km/h)
- 航続距離:267mi(429km)
- 実用上昇限度:14,175ft(4,320m)
- 上昇率:1,850ft/min(9.4m/s)
MD 530F[編集]
- 乗員:1-2名
- 席数:全5席
- 全長:32ft 7in(9.94m)
- 主回転翼直径:27ft 4in(8.33m)
- 全高:8ft 9in(2.48m)
- 円盤面積:587.5sq ft(54.6sq m)
- 空虚重量:1,591lb(722kg)
- 最大離陸重量:3,100lb(1.61t)
- 発動機:アリソン 250-C30 ターボシャフトエンジン1基 出力 375hp(280kW)
- 超過禁止速度:152knots=M0.23(175mph, 282km/h)
- 巡航速度:135kn=M0.20(155mph, 250km/h)
- 航続距離:232nmi(267mi, 430km)
- 実用上昇限度:18,700ft(5,700m)
- 上昇率:2,070ft/min(10.5m/s)
登場作品[編集]
- 『スピード』
- ロサンゼルス市警察SWATのヘリコプターとしてMD 520Nが登場。時速80km以下になると爆発する爆弾を取り付けられて走る路線バスを上空から監視するほか、先行して進路の安全確認を行う。
- 『バトルフィールド ハードライン』
- 「パトロールヘリ」の名称でMD 520Nが登場。
脚注[編集]
出典[編集]
- ^ a b MD HELICOPTERS LLC., TECHNICAL PUBLICATIONS & NOTICES 2024年5月28日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i Bazzani, Mario, Hughes 369HS/500C - History and technical description 2024年5月26日閲覧。
- ^ a b Hughes 369 (OH-6/OH-6A) Cayuse, American Helicopter Museum & Education Center 2024年5月26日閲覧。
- ^ Taylor 1966, p. 227.
- ^ a b c d Taylor 1966, pp. 245–246.
- ^ MD 540A light attack helicopter development cancelled
- ^ “De Dienst luchtsteun” (英語). businessinsider. 2014年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月17日閲覧。
- ^ “North Korea’s Illegally Supplied Helicopters Emerge After 30 Years In The Dark” (英語). businessinsider. (2013年7月31日)
- ^ 「海上自衛隊ニュース OH-6DAの最終号機を除籍」 『世界の艦船』第840集(2016年7月特大号) 海人社
- ^ “陸上自衛隊新練習ヘリコプターの選定結果について”. 2012年8月17日閲覧。
- ^ “大韓航空の回転翼型UAV「KUS-VH」、初の無人飛行を実施”. 東京防衛航空宇宙時評. (2019年8月6日)
- ^ “Kenya – MD 530 Aircraft”
- ^ “Kenya approved to purchase 12 weaponized MD 530F helicopters”
- ^ “Lebanon Air Force Orders Six Armed MD 530G Attack Helicopters”. MD Helicopters
- ^ “MDヘリコプターズ、MD530G偵察攻撃ヘリ6機をマレーシアから受注”. FlyTeam. (2016年2月2日)
- ^ “Malaysia's Defence Ministry seeks anti-graft probe over non-delivery of six helicopters” (英語). THE STRAITS TIMES. (2019年6月13日)
参考文献[編集]
- Taylor, John W. (1966), Jane's All the World's Aircraft 1965-66, Sampson Low, NCID BA01536928